1.本山神事の由来

神事山(山車)は、元禄15年( 1702年)に徳山藩主毛利元次公が、五穀豊穣を祈願して馬場を新設するとともに、その年の秋祭りから祈願神事山として、本山及び爺山・婆山を奉納したことに始まりますります。
この神事は稲の穂がはらんだ後に起こる鳥害や自然の災害を防ぎ、豊作と氏子の繁栄を祈願するための予祝神事であるといわれています。

2.神事始祭

神事始祭は本山神事当日の10日前に行われ、稚児の社参と関係者を祓い清め本山への乗り込みに備えるための儀式です。
稚児は毎年持ち回りで当番地区の自治会から7・5・3歳の男子2人が選出され、羯鼓行列と本山に乗り込みます。
神事始祭には宮司をはじめとする神職、責任役員、本山頭領、保存会会長、稚児2名とその保護者、稚児選出地区の自治会長及び関係者が参拝します。
儀式はお祓いを受け、次に各代表者が正面に進み、玉串を拝礼します。
その時、代表者の関係者も同時に拝礼します。
稚児には御幣が渡され本山神事当日まで自宅で保管します。
この日から当日まで稚児が精進・潔斎をするのが習わしで、御幣に朝晩拝礼をします。
このあと乗組は社務所に集まり、舞や楽器の音合わせが行われます。

3.引き綱作りの作成

山車を引く長い2本の引き綱は、平野上西地区と大神地区の自治会氏子が毎年作ります。
大神地区は地区内の路地で、毎回手作業で作ります。
まず市販のわら縄12本を道路上に伸ばし、その12本の両端を木の棒にくくり、両端の棒を人が持ち互いに引っ張りながら縒りをかけていき太い縄を作ります。
その太い縄を3本作り、並べて引っ張り、縄を真っすぐにしつつ三つ編みを行い、1本の引き綱を作ります。
最後に引き綱を電柱にくくり付け、一度強く引っ張り出来上がりです。
引き綱の直径は9㎝程度で長さはおよそ50mです。
その引き綱を直径1m程の輪にまとめ山崎八幡宮に奉納します。

4.撒き花・散花の作成

本山に乗り頭領が行う祝詞と舞の神事は場所を変え4回行われますが、2回目と3回目の際に「撒き花」をまき、境内に入った4回目の時に「散花」をまきます。
この花は全て手作業で巫女が撒き、花600個、散花24枚を作ります。
「撒き花」の材料は障子紙と藤カズラで、障子紙は食用色素で緑色と黄色と赤色に染めます。
緑色は葉に、黄色と赤色はオシベとメシベの部分に使用します。
花びらは桜の形に折って切り、白地にふちの部分だけ筆で赤く染め、藤カズラを茎にしてオシベとメシベを花びらに通します。
「散花」は白地の花びらだけのものを使います。
本山上で神事を4回行うことは四季や一年を表し、桜を撒くことは豊作予想を祝うこと、また願うことを意味しています。
この撒き花を受けると縁起が良いとされます。

5.山車作り

山車の材料(部材)は地区内の倉庫に保管され毎年同じ物を使用し山車を組立てます。
山車に使用する「カズラ・竹・松」は市内の山から事前に採取(本山神事の約10日前)しています。
山車作りは神事の3日前から始まります。
作成する総代会・保存会・大工グループは朝、八幡宮の拝殿に参集しお祓いを受けて、富田中学校東側道路で山車作りを始めます。
まずはカズラの破断面に鎌などで切り口を入れ、縦に長く裂いていき紐状にする作業から始まります。
また竹を割り節の突起物を除去します。
爺山・婆山の組立は総代が行い、爺山婆山は全て同型で、爺人形と婆人形の取付けで分別しています。
爺・婆山本体の大きさは縦横約2.5m、高さは約2.3m。 組立は車輪に車軸を通し本体上部に進んでいきます。
釘は使わずカズラのみで縛って組立ていきます。
本体上部の四隅に松の枝を立て、四方側面の中央にカズラを裂かずに輪にした飾りつけを行います。
本山の組立は大工と保存会が行います。
本山も車輪部分から組立が始まり、順次本体上部へと進んでいきます。
大人が10人乗り込む本山には安全性が求められるため、カズラをしっかり締めながら作業が進められ、側面には長い丸太を交差させ強度を増しています。
上部(天井)及び後部には幕が張れるように竹枠を組みます。
また床台の後部にご神松として飾り松を取り付けています。
山車に付けているカズラを輪にした飾りは、お宮の紋を意味しています。



6.山車の飾りつけ

本山神事当日の午前中に山車の飾り付けが行われます。
爺山と婆山は青白の横縞の幕を飾り、輪を隠さない様四方側面に張ります。
爺婆人形は、先祖や他の神を象徴しているといわれ、竹ホウキとクスデを持つことで、祓い清めることを表わしています。
人形の本体は木製でおよそ1.9m、山車に取り付けられるまで境内の中央鳥居に安置されます。
爺人形は、紫色の着物を着てクスデを持っています。
婆人形は黄土色の着物を着て竹ホウキを持っています。
共に頭に手ぬぐいをし、足袋をはいています。
本山の飾り付けも乗込み台の下の四方側面に付けられた飾り輪を隠さない様に、青白の横縞の幕を張ります。
床台の後部には、半球形状に竹枠が組んであり、この後半分は紅白の横縞の幕をはります。
この紅白幕で囲まれた内部は頭領の控室の役割をします。
乗組が乗込む前部の屋根は幕をかぶせますが、乗組や頭領の舞が見られるよう前面と側面は開放してあります。
本山の前正面は柱や角を紅白の布で巻き、提灯を付けます。
正面中央の上下2カ所に3色の房(ふさ)を取りつけます。

7.本山神事

 飾り付けを午前中終え、乗組員は再び集まり午後4時に拝殿にてお祓いが行われます。
紋付き袴の正装でお祓いを受け、同時に清められた御神松の御幣、撒き花と散花、振り棒(采振り)が渡され御神酒が振る舞われます。
この後、受取った御神松の御幣等を持って本山へ向かい本山内で待機します。
続いて午後4時半に裸坊と引き手のお祓いが行われ、2本の引き綱もお清めされます。
爺山婆山の引き手である市内のスポーツ少年団の子供達は引き綱を手に山車に向かいます。
この時鳥居に安置されていた爺人形、婆人形も裸坊にかつがれ山車に向かい、取り付けられます。
爺山婆山は1本の引き綱で引かれます。
先に爺山の前輪車軸に引き綱を取付け、午後5時 裸坊の先導と掛け声で八幡宮に向け出発します。
山車の引かれる距離は出発点から境内中段までおよそ150m、途中裸坊の持つ棒で車軸の向きを何度も調整し、10~15分で境内中段まで引き上げます。
境内中段の手前には急な坂 (勾配はおよそ30°距離は10m) があり、裸坊の加勢により引上げられます。
引き上げが終わると子供たちは引き綱を持って婆山の所に戻り、裸坊は飾り付けてあった青白横縞の幕を外して、爺山の向きを180度回転させ人形が乗ったままの状態で坂に突き落とされます。
坂の下部には溝があり、山車はそこで止まり、裸坊がカズラを切り解体し部材は傍らに片付けして、次の山車に備えられます。
婆山は爺山と同様に引き上げられ、登って来た坂を突き落とされる。 爺婆人形は元の鳥居の位置に戻されます。
八幡宮の神殿では、爺婆山の引き上げ行事と同時進行で、午後5時から氏子・総代・役員が参集し本殿祭が行われます。
午後6時から神輿(御鳳輦)へ霊移の儀式が行われ、神輿の担ぎ手はお祓いを受けます。
各自治会から選出されたお供人(41名前後)もお祓いを受け番号札を引き、番号に合う神具を持ち、御神幸の行列を組みます。
行列は東側の階段から境内中段に下り、中段広場を右周りに3周回って中央鳥居の前面脇に神輿・神具を一旦置き、本山の引き上げを待ちます。
爺婆山の引き上げが終わり、午後6時頃 2本の引き綱を付けた本山が出発します。

引き手は地元の有志・企業の若手社員・徳山大学の学生等およそ50人で毎年人員を募り当日は白い法被を着ています。
引き手をまとめる者を裸坊(ハダカ)と呼び分けられ、裸坊は固定化された10名程度の氏子が担当しています。

本山に既に乗込んでいる乗組の役割は、舞人の獅子・采振り・太鼓・鼓・横笛で、獅子は本山頭領の役目です。
獅子の衣装は、頭に鳥の嘴を表すとされる帽子のひさしに似たものが上下2枚ある被り物をし、目から下の顔面を赤い布で覆っています。
本山が動き始めて突き落とされるまでに獅子による舞と祝詞の神事が4回行われるます。
1回目は、本山が出発する直前に富田中学校東側道路にて、本山上で獅子が祝詞を奏上し、笛・太鼓・鼓に合わせ榊と扇子を用いて舞を舞います。
2回目の神事は参道途中にある自治会館前で止まり、羯鼓行列後待機していた2人の稚児と保護者(供え物も)が本山に乗り込みます。
獅子の舞と祝詞の後、乗組が撒き花を撒き、3回目は境内坂下の前で、ここでも同様に舞と祝詞後、撒き花を撒きます。
稚児は本山を降り羯鼓行列と合流し、西と東の階段に分かれ境内中段に上がります。
稚児を降ろした本山は乗組を乗せたまま坂を引き上げられます。
引き手は中央鳥居の階段の上部まで並び、また裸坊は坂で引き手に合図しながら棒で車軸の向きを何度も調整し、安全に配慮しながら引き上げます。
中央鳥居の前まで引き上げられると引き綱は外され、稚児が再び本山に乗り込みます。
御神幸祭により、既に中央鳥居の前面脇に置かれた神輿を鳥居の前に移動して本山と対面させ、神職によって対面儀式が行われます。
神輿の前で、神職による修祓(お祓い)のあと巫女舞が舞われ、宮司・役員・総代・お供人等が玉串を捧げ御祈願します。
そのあと本山上で獅子が4度目の舞と祝詞を行いますが、この4度目では舞の動作で仰向けに倒れる動作が加わり、倒れた獅子は散花を顔面にかけられて復活します。対面儀式が終了後、御神幸列は境内中段を1周して拝殿へ戻り、還幸の儀を行います。
本山は、稚児と乗組が降りて、本山飾りが外された後、裸坊の手で本山の向きを180度回転させ、坂に落とす向きを調整して突き放すと、本山は勢いよく一気に落ちます。
坂の下部にある溝に止め板等を立ててありますが、大きな本山が音を立て落ちていくのは迫力があります。
本山が止め板に衝突すると同時に若者が御神松と御幣めがけて本山によじ登って奪い合います。
落とした本山の正面が向いた方角の地区が豊作となり、御幣を取った者やその家族、その地区が豊作や良いことがあるとされています。

(山解き)

突き落とされた本山は半分瓦解した状態で放置され、翌日の午前中約2時間程度で総代・大工・保存会によって山解きが行われます。
山車は解体して部材は元の倉庫に戻し、取り外された御神松とカズラは八幡宮で焼却されます。